シェイクスピア朗読ワークショップ第4回


今日ははじめに準備運動と「揃い踏み」のあと、初回に少しやったリズムまわしをやりました。

まずは全員で円になって、"one" "two" "three"と数を順番に数え、自分が声を出すときに手もはたきます。数を読む声と、拍手の音が順番にまわっていきます。これはそれほどむずかしくありません。まだ準備の段階です。さて、次は、自分が数を数えたあと、次の人が数を言うときに拍手をします。全体としては、同じように数を数えるのと拍手の音とが同時に鳴ってきこえますが、個人としては、声を出すのと、拍手をするタイミングがずれている。こうなると、途端にむずかしくなります。みなさん、混乱している様子。なかなかtenまで数えることができません。むずかしくてなかなかできませんが、でも、できないからこそ楽しい。スムーズにできるようになれば、このあと足踏みもつけられるのですが、今回はここまでで、テキストに入ります。

今回の課題は、少し長めの台詞を読むことです。いくつかの作品から抜粋した数行の台詞が台本には用意してありますが、今回は、それぞれの参加者が別々のものを練習します。どの方がどの台詞を担当するかを知らされたあとは、ひたすら個人稽古です。順番に、個々に指導していきます。

今回の参加者のなかで最年長のMさんは、『間違いの喜劇』から、アンティフォラス弟の台詞に挑戦します。


ANTIPHOLUS OF SYRACUSE I to the world am like a drop of water,
That in the ocean seeks another drop,
Who, falling there to find his fellow forth
Unseen, inquisitive, confounds himself.
So I, to find a mother and a brother,
In quest of them unhappy, lose myself. (ERR, I.ii)

焦って音が飛んだり滑ったりしてしまいがちですが、焦らずに。drop of waterのofも焦らないで。falling there to find his fellow forthの頭韻も気を配ってみましょう。In quest of のtの音は、次のoの音が母音ですから、もう少ししっかり出るはずです。

「俺は、この広い世界からみれば、まるで海の中に落ちた一滴の水を探しに海に飛び込んだ、もう一滴の水のようなものだ」という生き別れた双子の一人の台詞。海に落ちた水滴のイメージが鮮烈。"confounds himself"はどういう意味でしょうか、とMさん。ここでは、海の中に溶けてごちゃごちゃに分からなくなる、という感じです。いい台詞だなあ、とMさん。最年長のMさんはいつも、ひとつひとつの言葉に意味をとても深く受け止めます。その発見が音にあらわれるように、練習あるのみです。
 

Aさんは、今回は、『夏の夜の夢』の開幕のThesusの台詞を担当。


THESEUS Now, fair Hippolyta, our nuptial hour
Draws on apace. Four happy days bring in
Another moon; but O, methinks, how slow
This old moon wanes! She lingers my desires,
Like to a step-dame, or a dowager,
Long withering out a young man's revenue. (MND, I.i)

slowの二重母音をもう少し気をつけてみましょう。longのlは、しっかりと舌につけて。リズムも意識して。日本語は4拍子だとしたら、英語は3拍子です。そのリズムに乗せるように、Long withering out a young man's revenue。

この台詞は、結婚式を間近にひかえた大公シーシアスの台詞です。大公ですから、堂々と、朗々と読みます。特にこの台詞は劇の開幕の台詞です。当時のシェイクスピアの舞台には、照明がありません。真っ昼間にやっている。照明が消えることなく、昼間の野外の舞台で芝居ははじまります。観客はざわざわしていますから、"Now fair Hippolyta"としっかりとした声で、観客の心をつかまなくてはなりません。
 

Sさんは、『お気に召すまま』のジェイクイーズの台詞に挑戦。


JAQUES     All the world's a stage,
And all the men and women merely players;
They have their exits and their entrances,
And one man in his time plays many parts,
His acts being seven ages. At first the infant,
Mewling and puking in the nurse's arms. (AYL, II.vii)

この台詞は、お隣のシーシアスのように朗々とというよりは、人生について語っているものですから、淡々と読む方がよいでしょう。all the men and women merely players...ゆっくりと。one manも焦らずゆっくり。playsのlの音を気をつけて。速く読もうと焦らないで、むしろこの台詞はゆっくりの方がいい。聞かせようという感じに。「この世は舞台、男も女もみな役者だ」。世界を劇場と考える当時の世界観・人生観があらわれている台詞です。
 

Kさんは、『ロミオとジュリエット』から、バルコニーの場のジュリエットの台詞。


JULIET What's Montague? It is nor hand nor foot,
Nor arm nor face, nor any other part
Belonging to a man. O, be some other name!
What's in a name? That which we call a rose
By any other word would smell as sweet;
So Romeo would, were he not Romeo call'd,
Retain that dear perfection which he owes
Without that title. (RJ, II.ii)


今度は、これは独り言です。ジュリエットはこれをロミオが聞いているということは知らない。向こうで練習をしているシーシアスの場合は、ヒポリタに向かって語っているものの、気分は舞台の上に立って人々の前で話している感じですから朗々と読むのでよいのですが、このジュリエットの場合は、バルコニーの上から"What's Montague!"と、聴衆に向かって演説するわけではありませんから、無理に大きく声を出そうと頑張らなくても大丈夫です。

call, smellのlの音に気をつけます。lの音は2種類あります。ひとつは、light l(明るいl)で、これは母音と[j]の前に出ます。lightのlは明るいLです。もうひとつは、dark l(暗いL)で、これは子音の後や、feelのように後に何も来ない場合に使われます。ですから、この台詞のcall やsmellは暗いlです。明るいlでは、舌先が歯の裏の少し後ろにある硬い部分(alveolar ridge)にしっかりついて、舌の前の方は上あごの方へ近づいて膨らみますが、暗いlの場合の前舌部はそれよりやや下がっています。これから舌先がalveolar ridgeに近づいていく感じにするとよいかもしれません。本来は舌先をつけた方がよいですが、つこうとするくらいでも暗いlのような音が出るので、カタカナで読もうとするならば、smallを「スメル」と言ういうよりは、どちらかと言えば、「スメオ」と言った方が近い音になります。milkも、「ミルク」と言おうとするよりは、「ミオク」と言った方が英語の音に近づきます。
 

Sさんは、『リチャード2世』から。ゴーントのジョンが死ぬ間際に言う本来あるべきイギリスのすがたと現状との違いを憂う台詞。そのイギリス賛歌の部分です。


GAUNT This royal throne of kings, this sceptred isle,
This earth of majesty, this seat of Mars,
This other Eden, demi-paradise,
This fortress built by Nature for herself
Against infection and the hand of war,
This happy breed of men, this little world,
This precious stone set in the silver sea, (R2, II.i)


kingsのkの破裂音は強く。aspirationも強く。舞台のうえでは、日常生活では使わないくらい激しくて大丈夫です。kのあとのiの音が息で飛んで遅れます。pointなども同じです。kingのiの音が時々、「イ」と日本語になるから気をつけて。どちらかと言えば、「ケング」に近いと思った方がよいかもしれない。hit, kickも同じです。sceptredがイギリス英語の書き方で読みにくそうですが、これはアメリカ英語であれば、scepteredとなるものです。Marsもイギリス英語では舌をまかないで。喉に負荷をかけているために、せっかくの声が素直に出ないことがあるので、喉に力をいれずに、リラックスして。後世にイギリスの魅力を伝えようとしている台詞ですから、ひとつひとつ、丁寧に。

老人の台詞だから感情の入れ所が分からない、とSさん。しかし当時は40代でも老人と呼ばれますし、そういうことは気にしなくて大丈夫です。感情はどちらかといえばむしろ入れずに、丁寧に読むことを心がけてみましょう。シェイクスピア劇では、役に成りきる、ということはあまり気にしなくてよいです。むしろ、oration、演説の力の方が大切です。シェイクスピアの役者は、何よりまずは、iambic pentametreが読めるかどうかが大事なのです。そこには内容はありません。気持ちの入れようもありません。観客が期待するのは、役者の気持ちよりも、彼がシェイクスピアの台詞を音にしてくれることです。役者にとっては、聞かせる音を出せるかどうかがまず第1に大切なことです。淡々とでよいのです。そして、その先の目標として、その淡々とした演戯のどこかに、ああ、この人は本当にイギリスを愛しているんだ、という感じが匂うとよい。でも、先にそれをねらってやろうとすると臭くなってしまうのでいけません。

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個々に稽古を続けたあとで、最後に、みんなの前で発表です。順番は、あみだくじで決めます。くじをあけるたびに、みなさん、緊張と不安の混ざった声をあげていました。

発表者以外の人たちは観客になります。椅子を一方向きに置いて、舞台空間をつくります。発表の順番に、参加者の方々は前へ出て、台詞を読みます。一番はじめは、ゴーント。次は、ジュリエット。シーシアス、ジェイクイーズ、そしてアンティフォラス・・・。発表となると、練習のときとは違って、教室全体に緊張感が走ります。台詞がはじまる前の一瞬の沈黙。役者の台詞がすすみ、観客も一緒になって今ここに響く台詞をすすんでゆく。そして、終わりが訪れたときの安堵。拍手。



全員の発表のあとで、「ダメ出し」です。ひとりひとりの発表に見られた課題を指摘していきます。

ゴーントは、thの音がzの音になってしまいました。それから、リズムに注意。iambic をもう少し意識して稽古してみるとよいでしょう。5回繰り返されるはずの弱強ですが、実際の役者は4回拍を置いていることも多いです。

ジュリエットもリズムに気をつけて。So Romeo would がRomeo wooed になってしまった。伸びなくてよいところで、伸びてしまったりしています。全部の行を同じ時間で読むとする場合、役者は、そのなかのどこを速く読んで、どこをゆっくりにするかを考えて練習する必要があります。たとえば、What's のあとで少し間をおいて、Montague?と言ってみたり。すると、そこで時間がマイナスされた分、It is nor hand nor footは速く読む。そこにリズムが生まれます。速いところ、遅いところ、など、役者は自分の台詞を考えて自分自身で演出することが必要です。そうすると、台詞に輝きが出ます。そのためには、まずは単語の発音も間違えずに。wouldはwooedではいけません。

シーシアスは、途中で読み間違えて、もう一度読み直してしまいました。読み間違えたら、決して二度読みをしてはいけません。間違った、と声に出してもいけない。顔にも出さない。間違いは仕方がないとして、それをあらわしてはいけない。そうすると、ぐっと変わってきます。でも、それ以外は、よくできていました。堂々として、シェイクスピア役者になっていました。

ジェイクイーズは、もっと止める部分をつくるとよかった。人生について語っているわけだから、もっと、沈思黙考という感じで。間をとると、聴衆は耳を傾けるものです。何も喋らないうちに間をとるというより、たとえば、All the world's で間をとって、a stageとか。そうすると、a stageの声が小さくても、観客は耳をひそめて、次の台詞を聞いてくれます。「止め」は「決め」であり、「極めつけ」の「極め」でもあります。歌舞伎もそうですし、大統領の演説などでも、そういう止めを上手に使っています。オバマ大統領も演説がうまいと言われていますが、articulationがよく、聞かせどころを知っています。

アンティフォラスは、気持ちを入れすぎました。気持ちは観念です。ペンキのように悲しい色でベタッと塗ると、それ一色になってしまう。感情は観客が抱くものであり、役者が抱くものではありません。役者は音をあらわせばよい。観客を感動させるために、しっかりと台詞を読んであげる。台詞に向かう際のちょっとした気持ちの入れ方の違いだと思います。この人は孤独だから、とか考えずに、感情から距離を置くといい台詞になります。シェイクスピアで何が一番大事か。それは音の骨格です。それがしっかりしていると、観客は感情を抱く。まずは音を並べること。音の建築をつくること。クラッシックの音楽のように。時にそこにポップスも入ってきますが、そこがまたシェイクスピアのおもしろいところです。


次回は、いよいよ最終回の発表に向けて、ハムレットの長台詞の練習に入ります。

by 薫