シェイクスピア朗読ワークショップ第3回

まずは、準備体操から。前回もやった「揃い踏み」を行いました。リズムにあわせて、足踏みをし、途中に様々なステップを入れます。宮澤賢治の詩から引用した詩「 8 γ e 6 α」を英語読みにしてかけ声に。「あ、左足だった」、「逆だ」と、みなさん色々な種類のステップに混乱ぎみ。でも徐々に速いスピードにもついていけるようになります。からだもだいぶ暖まってきて、声も自然と出るようになったら、台詞を読み始めました。


今回の課題は、2行詩と対話です。
まずは、いくつかの作品から引用した2行の台詞を練習しました。前回行ったiambic のリズムに注意しながら、こまかな発音の練習を行っていきます。『ヴェローナの二紳士』の台詞から。


   At first I did adore a twinkling star,
   But now I worship a celestial Sun. (TGV)
   

"twinkling"は、音がtwinkleするように。klの間に母音が入ってしまう方が見られましたが、母音は入れないように注意します。lの舌が離れる音も練習します。第1回のときに練習したgently は、tとlのpoint of articulation(調音点)が同じで難しかったのですが、このklは調音点が移動するので少し楽に出せます。2行目に入って、今度はworshipのwの音を出す練習もします。慌てないで、まずはwの音をしっかりと出すつもりで。
 日常会話なら曖昧に読み流しても通じるのですが、シェイクスピアの台詞を読むときには、普段何気なく発音している音も意識してしっかりと出さなければなりません。舞台には舞台の喋り方があります。英語が喋れるイギリス人だからといって、誰もが舞台のしゃべり方ができるというわけではありません。


次の台詞にも"world"が出てきます。このworld のwのあとの母音も英語の独特な音です。


   I hold the world but as the world, Gratiano,
   A stage where every man must play a part.(MV)


ヴェニスの商人』から、「この世は舞台、人はみな役者」というシェイクスピアの世界観のあらわれている台詞です。2行目はplay a partのpのalliteration(頭韻)を意識して読んでみました。


次は、tの音が大切な台詞です。


   O time, thou must untangle this, not I,
   It is too hard a knot for me t'untie.(TWN)


十二夜』で男装したヴァイオラが、完璧な三角関係の恋のただ中にいることを知り、この結び目はかたくて自分には解けないから、神様、あなたがほどいてよ、という台詞。"O time"の"time"は、時の神様に語りかけています。"What time is it?"と日常会話で使うときとは違い、強く読みます。この台詞はuntangle, not I, It is, too, t'untie, とtの音がたくさん出てきます。どのtを強く読むか、注意して読んでみます。t'untieはto untieの省略形。

ここでthou に関して質問がありました。thou は二人称単数形です。youはもともと二人称複数形だったものを単数として借用したものであるため、たくさんいる人から代表してあなた、という感じで距離があります。それに対して、thouは距離が近く親しみがこもった感じです。召使にも使いますが、神様も距離の近いものとしてthou で呼びかけている。thou とyouの違いは、たとえば『じゃじゃ馬ならし』を見てみると、カタリーナは最初はペトルーキオに対してyouを使って距離を取っているのに、やがてthouを使っています。ペトルーキオが彼女のその言葉をじっと待っていたように、観客も、それを聴いて、お、ついに二人もこの距離に来たか、と感じます。あらあ、いいわね、とAさんとSさん。


   We came into the world like brother and brother;
   And now let's go hand in hand, not one before another. (ERR)


この台詞では、hの音を練習しました。hは強く読もうとすると、くらくらするくらい息を使います。brother and bother, hand in handを強く読んだなら、最後のone before anotherは弱く読むなどの工夫をしてみます。基本的にシェイクスピアの台詞の特徴はこうしたごつごつした感じですが、力んですべてを強く読もうとすると野暮ったくなってしまうかもしれません。この台詞は『間違いの喜劇』最後の台詞ですから、少し劇場全体に呼びかける感じで。Happy endlingの歓喜の声です。


次は『夏の夜の夢』の台詞。


   The iron tongue of midnight hath told twelve.
   Lovers, to bed, 'tis almost fairy time.(MND)


この台詞も、tの音が大切です。そして2行目のfairy timeの読み方を工夫してみます。このfairy timeは少し意味深に。ここには、自分を含めた3組の恋人たちの初夜がはじまる時間という意味と、その恋人たちを実際にアテネの妖精たちが見守る時間という二重の意味が含まれています。大公シーシアスの台詞ですから、人々の前で公に話す感じで堂々と話しはじめてよいですが、ふっとfairy timeで内面的な響きを出す。そうしたさり気ない変化が生まれるのが、シェイクスピアの台詞のおもしろいところです。スピードもだんだん遅くして。


2行詩の最後は、ハムレットと母ガートルードの対話です。


   Ger: Hamlet, thou hast thy father much offended.
   Ham: Mother, you have my father much offended.(HAM)


この二人の台詞はとても似ています。ハムレットは母と同じように話すことで、母の揚げ足を取っているためです。母は親しみをこめてthouと呼びかけますが、ハムレットはyouと距離をとっています。thy father とは、彼女が再婚したハムレットの叔父のこと。ハムレットはその叔父が亡き父を殺した犯人と知っていて、my fatherと亡き王について言及する。thyとmyはrhymeになっています。相手の言葉を全く同じように使って皮肉を言っています。これは対話ですから、台詞と台詞のあいだの間も大事になってきます。初めに話すガートルードはこれからハムレットがこんな風に皮肉を言い出すとは知らないので落ち着いて話し始めてよいですが、ハムレットの方は、母の言葉が終わらないうちに、少し重ねるくらいの勢いで話し始めてみます。
 これはペアになって練習をしました。自分が間違えてしまうと対話は成立しません。途端に稽古場には、緊張感や、それが壊れたときの笑い声がはじけたように広がります。


今までは、一行でiambicのリズムをつくっているものを練習してきましたが、今度はそのリズムを二人で分けてつくるものを練習しました。韻文の割台詞(Shared verse)の練習です。まずは『ジョン王』の台詞から。


   King John          Death.
   Hubert   My lord?
   King John      A grave.
   Hubert            He shall not live.
   King John                    Enough. (JN, III.iii)

二人でリズムをつくっているため、台詞と台詞のあいだに長く間をあけないようにします。もっと早く、間をあけないで、と指導されて、みなさん真剣に早く読む練習に取り組みます。短い台詞なのに、ふたりでリズムを滑らかにつくるのはなかなか難しい。なかなか上手くいかず、失敗して、思わず笑い出してしまうペアもあります。スピードがあがるにつれて、ペア毎の稽古も加熱していきます。二人の息が合って読み終われば、こんなに短い台詞でも、劇になります。


次は、『マクベス』から割台詞の練習。


   Lady Macbeth   Did not you speak?
   Macbeth                   When?
   Lady Macbeth                    Now.
   Macbeth                           As I descended? (MAC, II.ii)
                     


これも台詞と台詞の間をあけ過ぎないように、ペアになって早く読む練習をします。素早く一行を読み切るふたりの台詞に、自分たちが王を殺したことが誰にも知られないように済ませようとするマクベス夫婦の緊張感、緊迫感が生まれます。


さて、今度はいよいよ、少し長めの対話に挑戦します。『夏の夜の夢』のハーミアとヘレナの対話です。


   Helena  O, teach me how you look, and with what art
         You sway the motion of Demetrius' heart.
   Hermia  I frown upon him, yet he loves me still.
   Helena  O that your frowns would teach my smiles such skill!
   Hermia  I give him curses, yet he gives me love.
   Helena  O that my prayers could such affection move!
   Hermia  The more I hate, the more he follows me.
   Helena  The more I love, the more he hateth me.
   Hermia  His folly, Helena, is no fault of mine.
   Helena  None, but your beauty: would that fault were mine! (MND,I.i)
            

すべて最後に韻を踏んでいることも意識して。loveとmoveも当時の読み方では韻を踏んでいました。前の台詞が終わらないうちに、少し重ねて、たたみかけるように読む練習をしました。もてもてのハーミアと、振られっぱなしのヘレナ、そんなふたりの息の合った掛け合いが楽しい。一通り練習したら、今度は役割を交換してまた練習します。慌てて台詞を流さないように。beautyもしっかりと。あなたの美しさのせいよ!女性同士のペア、自ずと熱がこもります。声もよく出ていて、ペアでの稽古は活気にあふれています。失敗したときの笑い声も相変わらず聞こえてきます。

舞台では、2人、3人、あるいは劇団全体で、間やリズムをつくっていきます。一人が間違えれば、劇は崩れてしまいます。だから最初は、間違えない、という一見ネガティブな方法からはじめてみましょう。舞台の上で、基本的に役者は台詞を間違えません。一方で、すでに完成された映画の役者は、間違えることはありません。でも、舞台の役者は常に間違えるかもしれない。間違えることが可能なのです。その間違える可能性を背負っているということが、役者も舞台も今ここにあり、観客も一緒にここに生きているというliveの感覚をつくります。舞台はそういう時間です。

ヘレナとハーミアの対話は一見それほど長くはありませんが、これを完璧に間違わずに二人で読み終えるのはかなり至難の業です。だから、間違わないように読み切る、という一見否定的な努力が、実は舞台特有のforceを生み出すことにつながります。そのためには、稽古が必要です。演劇の稽古には、時間も労力もかかります。しかしその苦労を楽しむようになったとき、劇は喜びになります。


   To play needs much work. But when we experience the work as play, then it is not work any more.
   A play is play. (Peter Brook)


 次回は、より長い台詞に挑戦します。

by 薫